講座の動画をUPしました。原稿を書き出しておきます。
序章
第一回は、「地形を表す主語になる名詞」です
北海道にはおよそ1万ほどのアイヌ語地名が記録されています。
ですが、そのうちはっきり意味がわかっているものは半分くらいしかなくて、ちゃんと解釈されていない地名がまだまだ残っているんですよね。定説とされている解釈でさえ、意味が間違っていたり、曖昧だったりします。
ですからその意味を改めて考える、いわゆる「アイヌ語地名解」はまだまだ研究の余地がある分野です。
このアイヌ語地名講座では、その地名の解き方を一緒に考えていきましょう。
地形を表す主語になる名詞
第一回は「地形を表す主語になる名詞」です。
ちょっと難しそうな感じがしましたか?
日本語地名の場合
例で考えてみましょう。
次の日本語地名のなかで、「地形を表す主語になる名詞」は どこにあるでしょうか
「利根川・剱岳・琵琶湖・東京湾・濃尾平野」
簡単ですね。地形を表す主語になる名詞は「川・岳・湖・湾・平野」です。その地名が何に対してつけられたものなのかがはっきりわかります。
アイヌ語地名の場合
アイヌ語地名に関しても同様で、
「pon-pet、poro-pet、nupur-pet」はいずれも川を表す地名ですし、
「cise-nupuri、iwaw-o-nupuri、nisey-ko-an-nupuri」はいずれも山を表す地名です。川を表すpetや、山を表すnupuriが「地形を表す主語になる名詞」で、これがあることで、その地名がどこを指した地名なのかはっきりわかるんですね。
そしてここが大事なところですが、アイヌ語地名には、「地形を表す主語になる名詞」がほとんど、9割以上は含まれるんです。
誤った地名解
逆に言えば、含んでいない地名解は怪しいと言えるでしょう。
たとえば札幌はsat-poroで「乾く大きい」とか、士幌はsu-worで「鍋をうるかす」とか。「乾く大きい」には名詞がありませんし「鍋をうるかす」の鍋は地形を表す名詞とは言えません。つまりこれは正しい地名解とは言えません。
地形を表す主語になる名詞を探すこと
ですから、まずは地名の中から「地形を表す主語になる名詞」を見つけることが、アイヌ語地名を解釈する第一歩になるわけですね。
といっても、その単語を知らなければ見つけることもできませんから、代表的な地形を表す名詞を、いくつか見ていきましょう。
地形を表す名詞
1. 川
まず「川」を表す名詞には「pet」と「nay」があります。
pet地名には「幕別・更別・女満別」など、挙げればきりがないほど色々ありますね。nay地名は 「岩内・静内・黒松内」など、全道各地のみならず、東北地方にもたくさんあります。
petとnayの違いをあえて 挙げると、petは川の流れそのものを表し、nayは川によって作られた広がりのある空間、つまり沢を表すこともありますが、どちらも「川」と訳してしまって問題ありません。
「湖」は「to」です。大きな湖も、小さな沼も、全部 to です。これは「洞爺湖」があるので覚えやすいですね。「当別・当麻」なんかもこのtoが使われた地名です。もう一つ「mem」というのがあって、これは湧き水が湧いてくる泉のことです。mem地名は「芽室」が有名ですが実は「根室」もmemから訛ったnemが使われています。
2. 滝
「滝」は「so」です。「壮瞥・層雲峡・空知」などがsoの使われた地名です。これは層雲峡で覚えるとわかりやすいですね。滝がたくさんあるところです。
もう一つ「carse-nay」というのがあって、これは小さな滝を表します。
3. 入江
海岸の「入江」を表すのは「moy」「us」「tomari」があります。moyは一般的な湾で岬と岬に挟まれたなだらかな湾も表します。「モヨロ・オタモイ・昆布森」などがあります。usはもっとしっかりと入り組んだ入江で「有珠・忍路・臼別」などがありますね。
tomariは船着き場です。これは「泊」村があるのでわかりやすいでしょう。「政泊・ポントマリ」などの地名も各地にあります。
4. 山
「山」は「nupuri」です。一番有名な「ニセコアンヌプリ」がありますが、ほかにも「アトサヌプリ・カムイヌプリ」などが思い浮かびますね。でも実はこのnupuri地名、結構新しいものが多くて江戸時代にはその名前で呼ばれていなかったものも結構あります。
古くは山のことを「sir」とも言いました。「幌尻・ピンネシリ・マチネシリ」などがありますね。近世アイヌ語ではsirは合成語の中でしか出てこないのでこれは古い蝦夷語の名残です。sirは山だけじゃなく、島や岬を表すこともよくあって、山というよりは「大地の塊」みたいなニュアンスなのかもしれません。
意外なことにアイヌは山を名前で呼ぶことが少ないのですが、「iwa」だけは例外で、「藻岩・恵庭・阿蘇岩」などは特別な崇拝をするような山につけられます。
5. 岬
「岬」は「not」で「能登呂・納沙布・野付」などがあります。石川県に能登半島がありますが、あちらもこのnotかもしれませんね。
そして前述の「sir」も岬ではよく出てきます。「知床・知人岬・尻羽岬」など。あと「エンルム・エントモ」という岬を表す単語もありますね。エンルムのほうがやや飛び出た感じが強くて「襟裳岬」が有名ですね
6. 平原
何も無い野原は「nup」でこれもよく「ノッ」と読まれます。「野幌・幌延・雄信内」などです。湿原になると「sar」になり、「佐呂間、サロベツ、斜里」など広大な湿原でよく出てきます。
主語
「地形を表す主語になる名詞」の中で代表的なものをざっくり上げてみましたが、いかがでしたでしょうか。割と聞いたことがある地名が多いので、どれかをベースにして覚えるといいと思います。
さて、たくさん例を挙げてみましたが、今まであげた中で、「地形を表す主語になる名詞」であるにも関わらず、主語になっている場合と主語になっていない場合があったのに気が付かれたでしょうか?
たとえばサロベツという地名、「sar-o-pet」で「草原にある川」です。sarもpetも地形を表す名詞です。どっちが主語だと思いますか?そうです、「pet」すなわち川の方が主語です。つまりサロベツというのは草原そのものではなく、サロベツ川のほうに元々は付けられた地名なんですね。
このように、元々はどのランドマークに対して付けられた地名なのかを理解するのは、地名解を考える上ではとても大切です。地名には転用地名がたくさんあって、元々は川についていたものが集落名になったり、山の名前になったり、岬の名前になったり、どんどん転用されていくからです。
復習
というわけで「地形を表す主語になる名詞」なんとなくイメージして頂けたでしょうか。これをまず見つけることが、アイヌ語地名を考える上での最初の第一歩になるのです。
今日の復習をしてみましょう。次の地名の意味がわかりますか?「当別」「壮瞥」「更別」もし意味が思い出せなければ、もう一度振り返って見てみてください。
最後に次の課題を見てみましょう。この地名のどこに「地形を表す主語になる名詞」があるでしょうか?
富良野の「hura-nu-i」で「匂いがある所」。
次回、アイヌ語地名講座、第2回は「形式名詞・位置名詞」について取り上げたいと思います。
ご視聴ありがとうございました。


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