難解なる朝里の地名解
朝里は小樽市東部の最大の町で、国道沿いにはショッピングモールが立ち並び、山の奥には朝里川温泉やスキー場・ゴルフ場などのリゾート施設がある、賑やかなところである。かつては小樽郡朝里村という独立した村であった。また朝里の東側地区を柾里という。
ところがこのアサリの地名の由来が未だにはっきりしない。いろいろな説が唱えられるが、どれもこれだと断定するには至っておらず、みな自信なさげに私案を持ち寄る程度である。
朝里は周りと比べ、割と早い時期にアイヌ集落が無くなってしまったようで、正確な由来を伝える者が居なかったのだろうか。享保12年『松前東西地所附』に「あさり沢」とあるのが文献に見られる朝里の初出だろう。その後の文献を見てもアサリの音のブレは少なく、道内に同じような類例もなく、意味を考察するのがなかなか難しいとされてきた。
ここで17の地名解の候補を挙げ、その中でどれが一番正解に近いか探してみよう。
文献調査
その前に文献に出てくるアサリの地名を確認しておこう。アサリ・マサリについては圧倒的多数のため省略し、それ以外の表記に焦点を当ててまとめてみた。
カナ表記 | 文献 |
---|---|
アサリ | 省略(21の文献) |
アサラ | 廻浦日記、西蝦夷日誌 |
アサシ | 高島日記 |
オソイ | ケプロン日誌 |
ヲンネアサリ | 伊能図 |
ホロアサリ | 間宮図 |
マサリ | 省略(12の文献) |
モアサリ | 川筋取調図、伊能図、間宮図、今井図、海岸里数書 |
モアサラ | 廻浦日記、西蝦夷日誌 |
モアシャム | 東海参譚 |
マツサキ | 遠山村垣日記 |
アツウシナイ | 再航蝦夷日誌、西蝦夷日誌、松浦図、今井図、海岸里数書 |
ヤチナイ | 田草川日記 |
圧倒的にアサリ・マサリが多いのは言うまでもないが、意外にもアサラ・マサラは松浦武四郎しか挙げていない。アツウシナイは今井図が初出で、他は全てそれを引用したものである。ヤチナイはアチナイの誤記かもしれない。
なおマサリは mo-asari「小さなアサリ」の意味で、伊能図や間宮図に朝里川の見られる onne-asari「老大なアサリ」や poro-asari「大きなアサリ」と対になっている。
漁獲説
鮭の産卵場
意味:ichan-un-i「鮭の産卵場」/ ichani「サクラマス」
支持:蝦夷語地名解(永田方正)、データベースアイヌ語地名(榊原正文)、河川標識(北海道庁)、小樽市史
解説:
イチャニ?(ichani鮭の産卵場)。和人イザリと訛るのを常とす。因て漁(いざり)の字を充用せしを、漁の時は「あさる」の訓あるを以て、アサリと呼び、遂に朝里村と称す。
『河川標識』
イチャニ → 漁り → 漁り → 朝里 と転訛していったという説。
肯定:恵庭市の漁川のアイヌ語名はイチャン川だが(隣にモイチャン、イチャンコッペ川もある)、『今井図』で「ヱサリ」「モヱサリ」などと書かれており、これらと同様にここから「アサリ」「モアサリ」と転訛した可能性はありうる。
否定:朝里に「漁」の漢字を当てた文献は一つも見当たらない。「オンネアサリ」「サマツキアサリ」などアイヌ語形容詞で修飾されており、和人が転訛させたあとにこれらをつけたとは考えにくい。
判定:★☆☆(可能性は低い)
アサリ貝
意味:asari 「アサリ貝」(和名)
支持:蝦夷地名録(白野夏雲)
解説:山中でアサリ貝が見つかったから。
肯定:文献に見えるアサリの発音は安定しており、和名に見られる傾向である。
否定:朝里駅裏(柾里川河口)に貝塚遺跡があるが、見つかったのはアワビ、イガイ、ホタテ、ウバガイであり、アサリ貝は含まれていない。また白野夏雲はマサリを「玫瑰(ハマナス)ナリ」と言っており、訳に一貫性がない。
判定:☆☆☆(おそらく違うだろう)
群来る川
意味:at-us-nay「いつも鰊群来る川」
支持:データベースアイヌ語地名(榊原正文)
解説:松浦武四郎のアツウシナイをオヒョウ楡ではなく群来ると捉えたパターン。
肯定:-
否定:鰊は川を遡上しない。群来に由来するという一連の地名解、 oro-at(於古発)、heroki-at-nay(勝納)、heroki-at-tomari(厚泊)、kamuy-heroki(神居古潭)は全て疑わしい。
判定:★☆☆(可能性は低い)
ニレの樹説
楡皮多き沢
意味:at-us-nay「オヒョウ楡の群生する川」
支持:西蝦夷日誌(松浦武四郎)
解説:
アサラ、本名アツウシナイのよし、今訛てアサリと云り。名義、楡皮多き澤の義
『西蝦夷日誌』松浦武四郎
オヒョウ楡の皮は温泉につけて繊維を取り出し、厚司という衣に加工した。アツウシナイの地名は今井八九郎図から引用したのだと思われる。
肯定:ヲタルナイ運上屋の特産品として厚司 が挙げられている。朝里川上流には温泉もあり、加工する環境も整っている。また文法的にもとてもよく筋が通っている。
否定:「アトゥシナイ」から「アサリ」に音が転じたとはちょっと考えられない。
判定:★★☆(可能性はある)
楡の湿原
意味:at-sari「楡の湿原」→ assari(道東方言の破裂音転化)
支持:北海道の地名(山田秀三)
解説:
at-sar「おひょう楡(のある)・湿原」ぐらいに呼んだものか?
どうも分からない地名。①によってアッ・ニ(おひょう楡)とサル(草原)とを続けても何か変である。研究問題として残したい。
『北海道の地名』山田秀三
山田先生の案。それでも違和感を感じたのか、研究課題として残しておかれた。
肯定:道東方言による破裂音の同化を考慮すれば「アサリ」とかなり音が近くなる。なお方言でなければ普通は atchari と音韻転化する。
否定:サル地名はサロマ、サロベツ、斜里、沙流川など全道各地に見られるが、いずれも広い低湿地帯である。一方で朝里は湿原はなく、高台地形である。明治の入植直後も朝里では長ネギなど湿度に弱い野菜類を主に育成しており、湿地に多く作られる水田は無かった。
判定:★★☆(可能性はある)
楡の丘
意味:at-us-sir「楡の群生する丘」/at-siri「楡の丘」 → assiri(道東方言の破裂音転化)
支持:私案
解説:松浦武四郎の at-us-nay「楡の群生する川」の「川」を「丘」に変えたもの。朝里の崖上の丘に「番屋のアカダモ」というハルニレがあり、昔から楡の木の目立つ丘であった。朝里川西岸の丘は sir-etu「岬(大地の鼻)」と呼ばれており、このあたりの海岸の崖地が sir であった証拠である。
肯定:「マツサキ」(遠山村垣日記)「ヤチナイ(アチナイ?)」(田草川日記)とあり、「アツ」のツの音が存在していた可能性がある。また「アサシ」(高島日記)から後ろの方に「シ」の音があった可能性がある。
否定:sir はよく知られた単語であり、「アシリ」が「アサリ」に本当に転訛したのだろうか。
判定:★★☆(やや有力である)
楡が現れる
意味:at-sara-i「楡が現れる処」 → assari(音韻脱落・道東方言の破裂音転訛)
支持:私案
解説:sara は「覆われて見えなかったものが現れる」という意味の動詞である。
肯定:道東方言を考慮すれば音が近くなる
否定:果たして楡の木に sara という言葉は相応しいのだろうか。
判定:★☆☆(可能性は低い)
厚司を置く
意味:attus-ari-i「厚司を置いておく処」
支持:私案
解説:attusとは楡の皮で作った衣のことである。ari は置いておく。衣の場合は脱ぐという意味合いもある。
肯定:小樽内場所の特産として厚司が挙げられていた。
否定:ちょっと苦しい
判定:☆☆☆(無いだろう)
草原説
浜の草原
意味:masar「浜の草原」
支持:北海道の駅名起源、アイヌ語地名解(更科源蔵)
解説:masarとは「海辺の斜面が二段になっているとき海側の部分」のことである。
肯定:柾里と音がとても近い。
否定:masarのつく川は全道にあるが、いずれも海岸の河口付近で横から本流と合流する支流である。朝里川も柾里川も海岸線に直角な本流であり、マサラ地形の特徴から外れている。またマサリは mo-asari「小さな朝里川」の意味である。
判定:★☆☆(可能性は低い)
ブドウの茂み
意味:hat-sari「ブドウの茂み」→ assari(咽頭破裂音の誤解+道東方言の破裂音転訛)
支持:私のアイヌ語地名解(浜田隆史)、小樽の地名(星野泰司)
解説:sarは葦原・葭原だけでなく、つる植物や灌木の茂みを表すこともある。ただし楡の林のような場合には不適である。
肯定:ツル植物ならどこにでもありそうである。
否定:hat-samとよく似ているが、あちらはハのhが落ちたことがない。アサリがハサリと呼ばれた例もない(ただし由来が同じかはわからないが道南の厚沢部という例はある)。道東以外ではtの後ろのsはchになり、hatchamになるが、それに倣うと hatchari と発音される。
判定:★★☆(可能性はある)
向こう側の葭原
意味:ar-sar「向こう側の葭原」→ assar(音韻転換)
支持:Bojan international
解説:小樽から見たときの向こう側の浜
肯定:音は似ている
否定:朝里には湿原がなく、葭原があった可能性は低い
判定:★★☆(可能性はある)
崖の上の台地説
空に開かれた地
意味:asari-i「空に開かれた処」→ asari(音韻脱落)
支持:アイヌ地名考(J・バチェラー)
解説:
「Asari, アサリ, 上を向いて開きたる。Opened out. Open to the skies. The open skies.」
『バチェラー辞典』
おそらく語幹となったsaraは更地の「サラ」とも繋がりのある単語であり、山の上にあまり樹木がない開かれた場所などを指す。朝里の崖の上は石がごろごしていたものの開かれた台地だった。また朝里岳の頂上は通称・飛行場と呼ばれており、高台で平坦な台地になっている。
肯定:ホーレス・ケプロンが朝里を訪問前に「広沢」と呼んでおり、明治初頭に当時の通詞もそのように和訳していた可能性がある。
否定:バチェラー辞典はあまりあてにならないと知里真志保に批判されている。
判定:★★☆(可能性はある)
高い崖
意味:e-sa-ri「頭が浜の方で高い」
支持:私案
解説:sa は「浜に面した場所」であり、ri は「高くなる」である。e-sa-usi「頭が浜の方につけている処」、すなわち江差・枝幸という地名は道内各地に見られる。
肯定:朝里の浜の上は高い崖地になっている。
否定:エサリがアサリになっただろうか。
判定:★★☆(可能性はある)
湾の底が高い崖
意味:asam-ri「底が高い」
支持:私案
解説:moy-asama (moy-hasama)は道内にしばしば見られる、湾の底を示す地名。朝里は湾の内側が高くなっているので。
肯定:「モアシャム」とする文献(東海参譚)が一つだけある。
否定:ムの音を記録しているのは『東海参譚』以外にない。
判定:★☆☆(可能性は低い)
立っている屋根
意味:as-arip「立っている屋根」
支持:私案
解説:arip は家の屋根や上を覆うものなどを表す。海上から見たときに丘を家に見立てて、崖が聳え立っている様子を表現したか。
肯定:もう一つの難解地名・有幌も同じような地形であり、そちらは arip-or「屋根の内側」かもしれない。末尾の閉節音pを和人はよく聞き落とす。
否定:屋根に例えたかどうかはわからない。そしてarip はバチェラー辞典にのみ出てくる単語である。
判定:★★☆(可能性はある)
ひどい崖
意味:wen-sir「ひどい崖」→ wey-sir(音韻転換)→ ワシリ
支持:私案
解説:全道各地にワシリという地名がある。海に丘が突き出しており、海岸を歩くのに苦労するような場所のことである。小樽では他に忍路のツコタン浜、熊碓の平磯岬、春香の和宇尻(一説によると)などがある。
肯定:-
否定:熊碓の平磯岬東部は「字ハシリ」と呼ばれていた。ハシリがアサリに転化したとは言い難い。
判定:★☆☆(可能性は低い)
その他
新しい処
意味:asir-i「新しい処」
支持:私案
解説:アツシリがありならこれもどうかという感じで一応。asir-kotan「新しい村」、asir-pet「新しい川」などはよくある表現である。
肯定:現在は「新光町」と呼ばれている。
否定:アシリはよく知られた単語であり、果たしてアサリに転訛するかどうか。
判定:★☆☆(可能性は低い)
朝里の由来
ということで全部で17の説を駆け足で紹介した。これだけ候補を挙げても、音・意味・文法が全てぴったりくる地名解が見つからないのが、朝里の地名解の難しさを物語っている。
どれが一番正しそうに見えただろうか。どれも選び難いが、一応ベスト3で有力候補として挙げておこう。
朝里の地名解ベスト3
- asari-i「空に開かれた地」
- at-siri「楡の丘」
- as-arip「立っている屋根」
「アツウシナイ」という唯一江戸時代に記録された地名解がある以上は、やはり「オヒョウ楡」を使いたいところである。ただしバチェラー辞典の「空に開かれた地」はなかなかのダークホースであり、案外これが正解ではないかとも考えている。
ケプロンの見た朝里の原野
最後に、明治6年にホーレス・ケプロンが朝里を視察したときに残した日誌を紹介したい。まだ丘の上には誰も住んでおらず、手つかずの地形を残していた頃の様子を窺える貴重な資料である。
明治6年7月15日
十二時、舟に乗って帰途につき、銭函と札幌へ向かう。高い岬を回るが、そこはトンネルを掘った所(※平磯岬)である。馬は陸上をやり、落ち合う先は、約一里すなわち二マイル半のオソイ岬(※アサリ岬)の近くである。そこから馬で進み、高い断崖の上に出るが、その近くはすぐ海である。我々は、同じ目的に選ばれたもう一つの場所へ来た。これは起伏する高い草原で、断崖の端まで続いている。しかし、あまり奥へは広がっていない。
美しい二つの川(※朝里川、柾里川)が山から流れ、土地を大体同じ大きさに分けている。土は豊かな黒い沃土で、非常に玉石が多く、それが敵になっている。これは耕作には取り除く必要があるだろうが、家の土台や、暗渠や、境界の垣に利用できるかもしれない。
この断崖からの眺めは実に雄大である。大きなストロゴノフ湾(※石狩湾)は最北西部の岬まで見え、遠くには山、また石狩川の流域は河口まで目に入る。すべてこれらの予定地は北西の風をまともに受ける不利があって、これを防ぐ木が生えていない。
銭函に午後三時半に着く。天気は実に暑く、また蒸し暑い。
『日本その日その日』ホーレス・ケプロン
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